theohazeの記録

theohazeの独断と偏見による雑記

瞳孔がひらく

昨日、娘が至近距離で投げたウルトラマンが頭か足だかが目に刺さって、目が赤くなったので眼科に行ってきた。

 

私は過度の医者嫌いである(笑)

 

が、仕方なしに行ってきた。

 

やはり目の表面に傷がついていたらしく、瞳孔をひらいて目の奥もみるという。

 

瞳孔ひらく?

瞳孔がひらくという言葉は肉体の機能が停止しているであろう時にしか耳にしない言葉なので一瞬焦ったが、目薬を入れるだけであった。

 

その後、カメラのレンズが開きっぱなしみたいな状態なので光がたくさん入ってきて眩しいのと焦点が合わないらしい。

 

目薬をさした後20分後に確かに片目は明るく見え始めた。

 

検査は特に何もなかったが、明るくみえるのは面白いなと思った。

 

絵を描く上で大切なコトがひとつあって。

 

目の青い人とかは目の茶色い人よりも全てが明るくみえているらしいのである。

 

その辺りを理解すれば、また色というものがより理解できたのだが、なかなか頭でわかるのと実際にみるのとでは大違いで、この度少しそれを味わうコトが出来たのではないかな?っと思う。

 

っていうのはフランスで滞在していた先のホストは目の青いスイス人であったのだが、暗闇でもズンズンと進んでいくのである。

 

ぼくら目の茶色い人たちは見えないのである。

 

っていうのはぼくら目の茶色い人

たちは目の青い人たちに比べるとサングラスをかけている状態なのである。

 

ので、光に敏感なのである。

 

ヨーロッパに住んだ方はわかると思うが光が弱い。スペインまでいくと強くなるがだいたいの場所は光が弱い。だから優しいデリケートな色彩が生まれたのだとも思うが。

 

ので、ヨーロッパ人、目の色が青い方に向けた絵はややトーンを抑えなければみてくれないだろう。

 

食べ物と似てると思う。日本人は東南アジアの辛い料理を辛い!っと言って受けつけられない人がいるだろう。が、辛い中にも味があるのだ。

さらにいうと日本人の味覚は大体繊細なので世界的に見ると基本は薄味なのである。その薄い中にも層があり…

どこに合わせていくかで塩梅というものは変わっていく。

そのようなもので味の塩梅と色彩の塩梅は少し似ていると思う。

 

話は常に大幅にそれていくが(笑)

日本の白は貝の白

西洋の白は石の白である。

 

そのような白が心地よいと思う。

 

が、貝の白は青っぽくみえてそれが反射すると目が青い人たちには眩しく感じる。

 

ので石の黄色っぽい白を扱う方が親しみやすいだろう。

 

反射する色味ではなく吸収する色味というコトを意識して制作すれば良いと思う。

 

そのように感じれば、なぜヨーロッパ人の色彩がああなるのか?っというのかが理解できると思う。

 

シャガールが晩年に住んだサンポールドヴァンスはシャガールが1番光が美しくみえる場所

 

っと言って住んだ場所であるが、確かに美しい光であった。

あの辺りはホント幸せな場所だと思う。

だって見るもの全てが美しくみえる場所なのだから。

 

 

目標

インスタグラムで外国の方がナイスギャラリーとコメントしてきた。

 

1人の作品群なのだがあまりにも多種多様すぎて何人かの作品だと思ったようだ。

 

ボクはそれを見てやった!っと思った。

 

 

ここ何年かの僕の目標はどれだけ多種多様な引き出しを作れるかというコトであった。

 

っていうのは美術館をどれだけ1人で埋めれるかというコトを考えているからである。

 

ので、方向性やアプローチが違うものを沢山作った。

ひとつの方向性で1000以上は作れる。

 

 

人というものは飽き症である。

 

ひと昔前のアートはこれは誰の作風とか、そのような、見たら誰かわかるアートであった。

 

そして、ある程度オリジナリティというモノは出尽くして、さらにチープなモノだけど高級感のあるものが求められ。そして、これからは作品はより巨大になっていくであろう。

 

アーティストには美術館巡りを飽きさせないために多種多様なアプローチが求められる。

 

そこに美術館を沢山埋めれるアーティストというコトの重要性がある。

 

 

そして、大きいテーマは宇宙にきめた。

 

2012年くらいに星になるまでという作品を作っていてこれはそのときはちょっとスピリチャルすぎるというか、ボクは結構リアルに感じているのだけど、一般的にはファンタジーに感じとられるかもしれない。

 

そうするとアートではなくなるかもしれないという懸念によりあまり目立たせなかったのだが、その時から霊魂、宇宙というものがテーマであった。

 

そして2028年くらいにはガウディの建築から宇宙的テーマが発信されるコトであろう。

 

それに向かってドンドン宇宙、霊魂系の作品を作るコトに決めた。

 

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アートとデザインの違い

アートとデザインの違い

 

アートにあってデザインにないもの

 

それは不思議さ

 

だと思う。

 

その辺りに考慮しながら作るとよりフォルムや色がみえやすい

 

創造という行為は、どの意識でいるかというコトが重要なのだと思う。

 

その意識でいると次のアクションの色やフォルムを指し示すサインがやってくるのだ。

 

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岡山高梁市

今日は岡山高梁市にきてます。

 

お友達の住職がされている稚児行列に娘が参加するためです。

 

旅に出る時には大体、三味線を持って

ピンと来た場所で演奏します。

 

今日もピンときて木野山神社という社の奥宮で演奏しました。

 

中々の崖っぷちの悪路でしたが

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良い場所でした。

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やはり人が沢山入ると場があれるので

禁足地とかはわかりますね。

 

良い磁場でした。

 

 

狛犬の代わりに狼が沢山おりました。

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ホテルに着いて調べてみると

 

お稲荷さんの狐は元は狼だった

っという話があって

 

狼は秦氏が祀っていたという記事がありました。

 

伏見稲荷大社秦氏だし

あ〜

っと思いました。

 

あ、狐とか狼とかは神の眷属で

 

っというのは山の神が動物をつかって知らせてくるという考え方です。

 

 

この神社の祭神は大山祇の命でして

ボクの母方の先祖がしまなみ海道村上水軍がルーツの能島といい、大三島という島で大山祇の命を祀っていたのです。

 

んで、

 

住職さんも秦さん  っていうんですよね。

 

 

結局人生って

楽しんだもん勝ちだなっておもう

 

勝ち負けの問題じゃないけれど。

 

 

ついつい真面目にシリアスになってしまいがちだけど

 

チャップリンが言ってたよ

 

人生は近くからみたら悲劇だが

遠くからみたら喜劇だ

 

っと

 

楽しんで楽しんで

 

 

こだわるベキトコはこだわって

変なこだわり(プライド)をなくして感謝して

 

 

色々なコトもあるけど

 

過去世も来世もあると思うけど

 

この人生は一回きりだし

 

前向きに体験して

 

あ〜、もうやりたいコトないわ〜

 

いうて

大往生しましょー♪

 

 

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幸せについて

幸せって漠然というけど幸せって何?

 

っと思う。

 

 

ボクは何かしら心がずっと楽しい状態だと思う。

何かしら楽しい感覚。

 

 

楽しいコトは人によって違うのだ。

 

世間で推奨されるようなコトをやってみたけど楽しくなかったり。

 

逆に世間的にはそんな変な…  っと思うようなコトが楽しかったり

 

それくらい人によって違う。

 

幸せになるためには人と比べすぎないコトだ。

 

刺激程度には良いかもしれないが。

 

自分は自分。

 

 

基本的には自分で生きて自分で死んでいくのが人生なのだ。

その中でたくさんの人と触れ合って生きていく。

それはそれはありがたい事象なのだ。

 

 

 

人の人生というのは上がったり下がったり。

そういうのの連続だが。

 

根底に楽しいという感覚。

 

それは自分の道を歩いているというコトではないだろうか。

 

 

ボクは天川で神風らしきものが吹いた時点から20年ほど何やかんやいってずっと楽しい。

 

束縛のない霊的な交信が1番楽しい。

ので、奉納演奏をライフワークにしている。

 

 

気分がちょっと優れない時にも

 

空が晴れ渡っていたりして、空を感じたり

 

鳥の美しい囀りを聴いたりするだけでとても楽しく幸せだ。

 

きっと、そのために目や耳や感覚を鍛えて来たのだな。っと思う。

 

感じるというコトは

 

たまに感じ過ぎて生きづらいコトもある。

 

情報量がハンパない。

 

が、やはり感じれた方がボクは幸せだった。

 

 

 

 真理は

人の顔ほどもあると思う。

 

顔っていうのは大体目があり、鼻があり、口がある。

が、微妙に位置や大きさや形が違うので全く違う顔になる。

 

それくらい真理というモノは人それぞれなのだと思う。

ので、自分の真理、道を見つけるコトが人生に於いて重要なコトなのではないだろうか。

 

顔がそれぞれ違うように

真理も人それぞれ

 

っと思う。

 

 

それには自分の道を歩いていくコト。

 

それは その人らしいっていうコト。

 

 

らしいっていうのは自然な状態なコト。

 

 

新興宗教に入ってみた話

田舎暮らしをしている時にとある新興宗教に入ってみました。

 

っていうのは新興宗教って何となく怪しいっていうのは思うと思うんですけど、実際に自分で感じてみようと思っていて、ふとそのタイミングがあったので入ってみました。

 

ボクはそれくらい神や宗教、哲学、について本気で納得してみたかった。

 

色々な境遇の方がおられると思うので出来るだけ淡々と書いてみたいと思います。

 

入りたければ入ればよいのです。

それくらい心が苦しければ人は何かにすがらないと生きていけない。

ただ、何を信じて生きていくかだけなのです。

 

真理は人の顔のように似通っているけれど、人の顔くらい微妙に違う真理があると思っているのです。

 

 

が、もうちょっと深いかと思っていたけど、ちょっと紐解いたらファファーっと紐解けるような内容でしたので、ボクは納得出来ませんでした。

 

多分、ボクの方が怪しいと思う。

 

 

 

まず入るのは簡単です。

ちょちょちょ っとサインすればよい。

 

そして3日ほど講習があります。

その教義の経典をもとに講習があるのですが、終末思想を軸に脅して意識を統一させるというやり方です。

 

大体の商売で使われてますね♪ 飴とムチ。 緊張と緩和。集団洗脳。

子育てもそうですけどね(笑)

 

キュッと締めてホッとさせてやる。

そうすると人は安心して

 

脳が快になる。

そういう時であれば洗脳出来ます。

 

実際、嫁がある脳科学者に招待されて洗脳のやり方を教わったんですが、緊張と緩和が基本のようで。

 

以前も書きましたが、お会いした三国志の時代から続くある客家の家が洗脳を開発したようです。

 

 

緊張と緩和。それをさらに集団でやるとより効果があるのです。

 

 

脳ってホント不思議。

1番不思議なのは教義でもなんでもなくて人間。自分が1番不思議だと思います(笑)

 

 

んで、3日間集団洗脳が行われて3日経てば大体やや洗脳されてます。

 

 

そしてその呪の植え付けをより強固にするためにペンダントをもらいます。

 

それをずっとつけていなければならない。

 

そして、それは地面に絶対置いてはならないのです。

しかし横になったりする時につけててもオッケーなんです。

 

なんかオカシくない?(笑)

 

 

そして、よく見るとちょいちょいっと小銭を徴収されます。500円とか千円とかです。

あと講習は本とかくれて一万円くらいだったかな?

 

うまいコト取っていきます。

 

 

んで、ボクは何故かそれをもらった日に地面に置いてしまいました!(笑)

 

んで、あ〜   落としてもた〜

 

っと2日くらい経ちましたが特に何もなく。

向こうから解るわけではないようだな。

 

っと思い、自己申告をしましたら。

ペンダントを清めるといって何千円。

 

その時点で  上手いコトできた企業やな(笑)

っと思ってしまいました。

 

その後、六麓荘に住んでるある教団の幹部の方とかとお会いする機会があったんですけどね。

その方はおヤクザさんが来られたりした時に対処する方だったらしいんですけど、やっぱり信者は騙されてる。じゃないけど、上手いコトされている。っとは言ってましたが、まぁ、それも一つの癒しだから良いと割り切ってました。

 

 

 

んで、その教団の特徴としては手かざしなんですけど、これを眉間に当てるんですよね。

 

するとたまにある種の体験が起こるんですよ。

 

これは第三の目がある場所であまり人に触れさせてはならない場所なんですね。コアな場所なんです。

 

仏の像とかは半眼でしょ?

あれは眉間に意識を集中する方法なんです。

 

 

そこに念や波動をずっと送られれば、何か起こる確率は高いのです。しかし、それはその教団がどう。っとかいうよりも、人っていうものがそういうものなのです。呪文を唱えて変性意識状態にしてそこに念を送るのです。

 

それを集団ですればするほどトランスして何か起こります。

 

 

 

その教団は大本派生の派生の教団だったのですが大本の時は手かざしは禁じ手だったのです。

 

いわゆる術ですから。

 

それを解放した。確かに術だから効果はありますが、あまり理解されないままで実績している方が多いと思うので歪みも多いかとは思います。

 

しかし、実際に色々な現象が起こるので教団としての宣伝効果はすごいでしょう。

 

バリではその第三の目をとる人とかもいて、とられると操られたり、霊障が起こるのでなかなか大変なのです(笑)

 

 

ボクは大本教から別れて別れた教団に入ってみたのですが

 

ってか、まず世界平和をうたっているんですけど、ちょっと調べたら前の教団と喧嘩し新しい教団を作ってるんですよね。

 

その時点でオカシイやろ?(笑)っと思いました。

 

禁じ手を使っているのと

喧嘩して派生したのをどれくらいの人が知ってるのかな〜っと思いました。

 

 

んで1番大変だったのは

 

抜けるとき。

 

ボクは二週間ほどで脱退したのですが、抜ける時には二時間くらい脅されましたね。

 

 

まず、絶対よくないコトが起こりますよ。

っと脅されて。

だんだんとエスカレートしていって

 

家族に不幸が起こるとか

 

最終的には

 

死にますよ。

 

っといわれました(笑)

 

まぁ、そのうち死ぬけどな〜(笑)

 

 

 

それを振り切って辞めないと行けません。

 

 

それもこのブログの最初の方で書いた呪なのです。

思い込みをつけるのです。

 

何かいわれた帰り道に何かちょっとしたコトがあったらば、アレのせいだ。と思うでしょ?んで、信者と教祖の関係になるでしょう?

 

 

しかし、それは自分で呪をつけて思い込んで自分で引き寄せて自分で起こしているだけなのです。

 

その辺のカラクリがなかなか霊妙不可思議なんですが、人間っていうモノは実はそれくらい不可思議なモノだと思います。

 

呪のコトが理解できたら

 

ははー

 

って感じですが、それを知らないと本当に恐ろしすぎて抜けれないでしょう。

 

 

ボクは霊的なコトをするに当たって1番大切なコトは自由意思だと思ってます。強制して脅されてする霊的なコトはまたちょっと違うフェーズだと思ってます。

 

自分が幸せを感じれれば良いのです

 

霊的なコトで評価を求めるようになれば商売色が強くなります。

 

 

霊的なコトは個人が向かうもので

 

気持ちが清々しい。気持ち良い、楽しいコトだと思ってます。

 

 

またその教団に限らず、どの新興宗教東京都知事とかされたような有名な政治家さんが絡んでたりして、信者の方は 

 

ほら、すごいやろ⁉︎っていうんですけど。

 

確かに影響力あるんですけど、教祖と仲良くなったら票集め簡単ですから‼︎っとかまでは裏を見ないんですよね。

 

 

けど、きっとこれを読んでる人もある種の勧誘にあったコトあると思うんですけどね、究極その人が楽しそうで幸せそうであれば良いと思うんですよ。

 

んでね、その中でコミュニティや仕事や友達が出来たりして、ある種学校みたいな感じだと思うんですよね。

 

その事象がその人の道かどうか。だと思うのですよ。

 

んで、多分ものすごい辛いコトがあった人もいると思うんですよ。

だからね、暖かい眼差しでみてあげてほしいと思うんですよ。

 

それで心が軽くなるのなら。

癒されるのなら、それはとってとても良いコトだと思うんですよね。

 

 

 

ただ、ボクは納得出来なかった。

 

 

人によって美味しいモノは違う

 

 

それだけなんです。