theohazeの記録

theohazeの独断と偏見による雑記

歪み

ここではヒズミとよむ。

 

歪みと聞けば

 

体の歪みを思う方が多いと思うが

 

人生にも歪みがあり

 

それは

理から逸れたコトをするとやってくる。

 

自然という言葉もあやふやな言葉だが

 

木をみてもらえばわかるのではないかな、

っと思う。

 

木は陽の当たりや水やまた人為的なコトによって色々な育ち方をするが

 

本能というか

 

自分のままにいくというか。

そのモノのままというか

 

まんまに生き抜くコト

 

その人が自然な状態じゃなくなったりしたり

過度な無理をすると歪みはやってくる。

 

それはその時にやってくるのではなく。

 

全てのモノは自然に戻ろうとする力があるもので

ねじったものが元に戻ろうとする時、

 

その時に歪みというものは何かしらの形でやってくる。

 

 

人生には無理矢理やるとこもたまには大切だろうが

強い歪みを作りたくはないものである。

お金とクーラー

お金とクーラーはよく似ている

 

お金というシステムが開発されて人はお金なしでは社会で生きれなくなった。

 

どれだけエコなお金のない暮らしを目指しても田舎の隅々までお金のシステムは行き渡っている

 

クーラーが開発されて

 

涼しいのだが、温暖化が進み、益々世界は暑くなるのだが、もやは日本の夏はクーラーなしで越せない。

 

両者ともより過剰になってくるだろう

 

やめればよいのだが

 

人は今更左回りにはなれない。

 

ひたすら右回りなのだ。

 

 

国際人

今日銭湯にいって

 

狭い道だったので二十代後半くらいの若者に道をゆずったんだけど

 

奴ら会釈もしないで去っていく。

 

そういう気持ちを気づかないのはホントに残念賞。

 

フランスであればほぼ100パーセント気づいてメルシーと言う。

 

彼らはやはり洗練されている。

 

日本の酔っ払いをみると

どこらかしこで寝ていて

 

これは確かに財布をとられても仕方がないな。

っと思う。

 

またまたフランスでは公園で酔っ払いが卓球していて、こっちにボールが来て拾ってやると

 

襟をただしてメルシームッシュ

 

っと急にここは社交界かいな

 

っと錯覚するようなたたずまいを見せる。

 

 

 

世界基準っていうものがあるかはわからないんですが、やはり日本はいうても島国。

 

鎖国思考か開国思考か。

 

その辺りのグレーゾーンがキーになってくると思う。

 

いくら言葉ダケ上手になってもその辺りを理解していかないと芯には辿りつけない。

 

世界基準で一番良いとされるのはスマートなコトだ。

それは全ての思考にも影響を与える。

 

いうなれば無駄がよくないのだ。

 

最小限で最大限。

だからスマフォ

 

無駄ができる日本はまた幸せな国なのだが、それはまた物資の貧しさからきていて、さらに江戸時代に爆発した遊びの文化の遺物かもしれない。

 

 

故嶋本先生がよく 日本は村やから。

っといっていたのがよくわかる。

 

モノや人が溢れているだけではホントの都会とはいえない。

 

日本村は続くよどこまでも。

 

 

大きさの妙

人は生きる上でこれはこれくらいの大きさだという認識を脳に与えていく。

 

例えば車はこれくらい。

鉛筆はこれくらい。

 

そしてその鉛筆なのに違う大きさが違うものがやってきた時

脳はグラグラする。

 

その辺りのギャップをねらって針やボタンを大きくしたり

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ジェフクーンズのようなバルーンうさぎ。

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これらはヨーロッパの美術には技術では勝てないと悟ったアメリカの発明品だ。

 

 

 

途方もない違和感

自分の脳以上の事に脳は快感を覚えるようだ。

 

今の美術、アートとはそういうコトが期待されている空間

 

 

面白いのは

サイズ感なのである。

その辺りはやはり平面よりも立体の方が強いが平面でもフォルムと色によって安心する大きさや色がある。

 

 

これを逆手にとったりしてねらったりするとまた面白いと思う。

 

違和感に人の脳は敏感なのだ。

 

瞳孔がひらく

昨日、娘が至近距離で投げたウルトラマンが頭か足だかが目に刺さって、目が赤くなったので眼科に行ってきた。

 

私は過度の医者嫌いである(笑)

 

が、仕方なしに行ってきた。

 

やはり目の表面に傷がついていたらしく、瞳孔をひらいて目の奥もみるという。

 

瞳孔ひらく?

瞳孔がひらくという言葉は肉体の機能が停止しているであろう時にしか耳にしない言葉なので一瞬焦ったが、目薬を入れるだけであった。

 

その後、カメラのレンズが開きっぱなしみたいな状態なので光がたくさん入ってきて眩しいのと焦点が合わないらしい。

 

目薬をさした後20分後に確かに片目は明るく見え始めた。

 

検査は特に何もなかったが、明るくみえるのは面白いなと思った。

 

絵を描く上で大切なコトがひとつあって。

 

目の青い人とかは目の茶色い人よりも全てが明るくみえているらしいのである。

 

その辺りを理解すれば、また色というものがより理解できたのだが、なかなか頭でわかるのと実際にみるのとでは大違いで、この度少しそれを味わうコトが出来たのではないかな?っと思う。

 

っていうのはフランスで滞在していた先のホストは目の青いスイス人であったのだが、暗闇でもズンズンと進んでいくのである。

 

ぼくら目の茶色い人たちは見えないのである。

 

っていうのはぼくら目の茶色い人

たちは目の青い人たちに比べるとサングラスをかけている状態なのである。

 

ので、光に敏感なのである。

 

ヨーロッパに住んだ方はわかると思うが光が弱い。スペインまでいくと強くなるがだいたいの場所は光が弱い。だから優しいデリケートな色彩が生まれたのだとも思うが。

 

ので、ヨーロッパ人、目の色が青い方に向けた絵はややトーンを抑えなければみてくれないだろう。

 

食べ物と似てると思う。日本人は東南アジアの辛い料理を辛い!っと言って受けつけられない人がいるだろう。が、辛い中にも味があるのだ。

さらにいうと日本人の味覚は大体繊細なので世界的に見ると基本は薄味なのである。その薄い中にも層があり…

どこに合わせていくかで塩梅というものは変わっていく。

そのようなもので味の塩梅と色彩の塩梅は少し似ていると思う。

 

話は常に大幅にそれていくが(笑)

日本の白は貝の白

西洋の白は石の白である。

 

そのような白が心地よいと思う。

 

が、貝の白は青っぽくみえてそれが反射すると目が青い人たちには眩しく感じる。

 

ので石の黄色っぽい白を扱う方が親しみやすいだろう。

 

反射する色味ではなく吸収する色味というコトを意識して制作すれば良いと思う。

 

そのように感じれば、なぜヨーロッパ人の色彩がああなるのか?っというのかが理解できると思う。

 

シャガールが晩年に住んだサンポールドヴァンスはシャガールが1番光が美しくみえる場所

 

っと言って住んだ場所であるが、確かに美しい光であった。

あの辺りはホント幸せな場所だと思う。

だって見るもの全てが美しくみえる場所なのだから。

 

 

目標

インスタグラムで外国の方がナイスギャラリーとコメントしてきた。

 

1人の作品群なのだがあまりにも多種多様すぎて何人かの作品だと思ったようだ。

 

ボクはそれを見てやった!っと思った。

 

 

ここ何年かの僕の目標はどれだけ多種多様な引き出しを作れるかというコトであった。

 

っていうのは美術館をどれだけ1人で埋めれるかというコトを考えているからである。

 

ので、方向性やアプローチが違うものを沢山作った。

ひとつの方向性で1000以上は作れる。

 

 

人というものは飽き症である。

 

ひと昔前のアートはこれは誰の作風とか、そのような、見たら誰かわかるアートであった。

 

そして、ある程度オリジナリティというモノは出尽くして、さらにチープなモノだけど高級感のあるものが求められ。そして、これからは作品はより巨大になっていくであろう。

 

アーティストには美術館巡りを飽きさせないために多種多様なアプローチが求められる。

 

そこに美術館を沢山埋めれるアーティストというコトの重要性がある。

 

 

そして、大きいテーマは宇宙にきめた。

 

2012年くらいに星になるまでという作品を作っていてこれはそのときはちょっとスピリチャルすぎるというか、ボクは結構リアルに感じているのだけど、一般的にはファンタジーに感じとられるかもしれない。

 

そうするとアートではなくなるかもしれないという懸念によりあまり目立たせなかったのだが、その時から霊魂、宇宙というものがテーマであった。

 

そして2028年くらいにはガウディの建築から宇宙的テーマが発信されるコトであろう。

 

それに向かってドンドン宇宙、霊魂系の作品を作るコトに決めた。

 

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アートとデザインの違い

アートとデザインの違い

 

アートにあってデザインにないもの

 

それは不思議さ

 

だと思う。

 

その辺りに考慮しながら作るとよりフォルムや色がみえやすい

 

創造という行為は、どの意識でいるかというコトが重要なのだと思う。

 

その意識でいると次のアクションの色やフォルムを指し示すサインがやってくるのだ。

 

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